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教区報に毎月掲載されるルカ武藤謙一主教のメッセージ
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最新メッセージ

2020年10月号

 わたしが教区主教になって七年目を迎えています。
もともと主教職を担うような器ではないことはわたし自身が一番よく分かっていますから、
当たり前と言えば当り前のことですが、本当に教区主教としての務めを果たせていないと思うことばかりです。
数字だけですべてを判断することはできませんが、教区の現状は右肩下がりです。
それにもかかわらず、教区の同労者、信徒の皆さんがお祈りくださっていることにただただ感謝です。

 現在は福岡ベテル教会、直方キリスト教会、戸畑聖アンデレ教会、鹿児島復活教会に直接関わらせていただいていますが、例えば週報一つにしても、信徒の皆さんの協力と寛容さによって何とかなっているという有様です。

そんななかでつくづく思うのです。
本当に皆さんに支えられて教区主教として、聖職として働かせていただいていると。

 マタイによる福音書十八章は、イエス様に従う者たちへの教えがまとめられています。
共同体を大切にするために、小さな者をこそ尊び、つまずかせず、自分に対して罪を犯した者に、自から行って忠告し、和解のために二人または三人が共に祈るならば、そこに共にいてくださると約束し、七を七十倍するまで赦せ、と言われます。

わたしたちが、神に赦され愛され生かされる共同体であり、また互いにそのように神様によって結ばれた絆を何よりも大切にする共同体であることを改めて教えられます。

 九州教区という神の家族の交わりのなかで皆さんとご一緒に生かされていることに感謝です。


2020年9月号

 七月以降、新型コロナウイルス感染者が全国的に増え続け、今年の夏は人の移動も例年とは違うようです。
感染予防のために、密閉、密集、密接を避けるようにと言われて、「三密」と言う言葉がすっかり定着しました。

 朝日新聞でも紹介されていましたが、「三密」という言葉は、「身密(しんみつ)」「口密(くみつ)」「意密(いみつ)」のことで、仏教の言葉だと知りました。
調べてみると、真言宗(密教)では生命現象はすべて身(身体)、口(言葉)、意(心)という三つのはたらきで成り立っていると説いているとのこと。
自らの身体、言葉、心という三つのはたらきを、仏様の三密に合致させ、大日如来と一体になることであり、具体的には、手に仏の象徴である印を結び(身密)、口に仏の言葉である真言を唱え(口密)、心を仏の境地に置くこと(意密)によって、仏様と一体になる努力をしていくこと。
弘法大師は、 この修行によって授かる功徳の力と、大日如来の加護の力(加持力)が同時にはたらいて互いに応じ合う時、即身成仏が可能になると説いている、とありました。

 コロナ感染予防の「三密」とは全く違いますが、わたしたちが「思いと言葉と行いによって多くの罪を犯していることを懴悔します」と主日礼拝で唱えていることに通じるのではないでしょうか。

 新型コロナウイルスによって戸惑いや不安を感じている方が多くおられます。
密閉、密集、密接を避けるだけでなく、身体を健康に保ち正しく振る舞う、慈しみに満ちた言葉を語る、そのためにいろいろな情報に惑わされずに心を冷静に保つ、という身、口、意の「三密」をも大切にしたいものです。

2020年8月号

 教区内の各教会には、今年も「長崎原爆記念礼拝」のポスターが掲示されていることと思います。
被爆75年という節目のこの夏、心を込めてこの礼拝を捧げたいと思っています。
被爆70年の2015年8月9日も日曜日でしたが、今年もこの日は主日になります。
さらにポスターに「コロナウイルスの感染予防のため、基本的に規模を縮小」と記されているように、遠方からの参加も難しい状況です。
直接長崎で礼拝に出席できる方は少ないと思います。
それぞれの教会の主日礼拝のなかで、長崎で捧げられている原爆記念礼拝に心を合わせ、ご一緒に被爆七五年を覚えてお祈りください。
この日の日本聖公会代祷表には「長崎原爆犠牲者と、すべての被爆者のため」とあります。
全国の教会でも代祷が捧げられます。
また海外でもこの日を覚えて祈りが捧げられることでしょう。
平和の同心円が長崎だけではなく九州教区の一つひとつの教会から広がっていきますように、平和を考える機会を設けてくだされば幸いです。

また六月に伝道部が配布した「原発のない世界を求める国際協議会基調講演」DVD もこの夏に各教会でご覧くださるようお勧めいたします。

 昨年長崎を訪問した教皇フランシスコは、爆心地公園でのメッセージの中で、「今日もなおわたしたちの良心を締めつけ続ける、何百万もの人の苦しみに無関心でいてよい人はいません。傷の痛みに叫ぶ兄弟の声に耳を塞いでよい人はどこにもいません。対話することのできない文化による破滅を前に目を閉ざしてよい人はどこにもいません」と語り、平和を造り出すことはすべての人の課題であると訴えました。

 わたしたちが、キリストの和解と平和の器として整えられ用いられますよう、聖霊のお導きを祈ります。

2020年7月号

 六月一日午後八時、全国の約二百カ所で一斉に花火が打ち上げられたというニュースを見ました。

新型コロナウイルスに負けないように花火で医療従事者に感謝を、また人びとに元気や希望を届けたいと、日本煙火協会の青年部の若手花火職人が中心になって企画したとのことです。
ニュースでは夜空に打ち上げられた花火を見上げる人たちの「勇気をもらった」などの感想が紹介されていました。
夏や秋の花火大会が次々と中止となり自分たちも厳しい状況にあるなかで、多くの人たちを励ました心温まるニュースでした。
花火大会には、悪疫退散祈願を目的に誕生したとの説もあるとのことです。

 「見上げる」ということでは、ある雑誌で興味深い文章に出会いました。

ギリシア語で「人間」のことを「アンスローポス」と言いますが、これは生物学的な意味での「人」(アンドロス)に「目」(オフタルモス)という言葉がつながってできた言葉で、元は「目を高く上げる人」という意味だったというのです。
それは人間とは目を高く上げて祈る者である、ということでしょう。

 わたしは祈るとき、目を閉じて、頭を垂れて祈ります。

朝・夕の礼拝のときもそうです。
ですから礼拝が終わった時、必ず目を上げて正面のステンドグラスの上を見つめるようにしています。
そこにはイエスを見つめる天使がおり、「大切なことはただ一つ」という聖句が記されています。
大切なことはただ一つ、その思いを新たにして聖堂を出る毎日です。

2020年6月号

 「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。」 (詩編一三三編一節)

 昨日、緊急事態宣言を五月末まで延長すると政府から発表されました。

皆さんがこれをお読みになるときには宣言が解除されているとよいのですが、感染予防のため生活様式の変化も求められています。

 四月以降、教区内でも半数以上の教会で主日礼拝が中止されています。
また主日礼拝を捧げている教会でも、ご高齢の方、公共の交通機関を利用される方などが礼拝出席を控えておられ、主日に共に集うことが適わない方が多くおられます。
当り前で何時でも参加できると思っていた主日礼拝ですが、詩編の作者が賛美しているように、これこそ主の恵みであり、わたしたちにとって大きな喜びであったことを深く思い知らされました。

 教役者たちは、主日ごとに集まることのできない皆さんのことを心に思い浮べながら主日礼拝を捧げています。
その礼拝にそれぞれの場で心を寄せてくださっていることに感謝します。
距離的には離れていても、仲間たちと共に主に心を向け、感謝・賛美をささげ、神から与えられる恵みと喜びを味わい続けていきたいものです。

 また、自分の命を守ることだけを考えると不安が大きくなり、命は衰えます。
他者のために今日私にできることは何かを考え行うとき、命は輝くでしょう。
主と人びとに仕える生き方を今こそ大切にしたいものです。
顔と顔とを合わせて共に主のみ前に座るときが必ず来ることを信じて。

2020年5月号

 「み国が来ますように(Thy Kingdom Come)」という祈りの運動があります。
二〇一六年にイギリス国教会に向けて発せられたカンタベリー大主教とヨーク大主教の呼びかけによって始められ、教派を超えた世界的な運動に成長しているとのことです。
『み国が来ますように』を祈るすべての人々がイエス様との交わりを深め、イエス様の証人となるための自身を新たにし、他の人をイエスのもとに導くことを目的として、昇天日から聖霊降臨日までの十一日間を特別な祈りの期間として過ごします。

 今年は五月二十一日から三十一日までがその期間に当たります。
「具体的には、個別の五人を神の許へ導くことであり、彼らがイエス・キリストと出会えるように祈るのです」

(「祈りのしおり」より)。

 主教会では日本聖公会もこの祈りの運動に加わることを話し合いました。

そして祈りのしおりを皆さんにお配りし、この祈りの運動に加わってくださることをお勧めすることになりました。
まもなく各教会に送られてくることでしょう。
身近な方、イエス様に出会ってほしいと願う五人の名前を挙げて、いつかその人たちがイエス様に出会うことを信じ願いながら毎日祈るのです。
それはアンデレが「来て、見なさい」とペトロをイエスさまのもとにお連れしたように、わたしたちが愛する者たちを主のもとに招く務めを与えられていることを改めて意識させてくれることでしょう。
どなたをイエス様のもとに招こうか、わたしも今から楽しみにしながら考えています。

2020年4月号

 前回、五本の指の祈りのことを紹介しましたが、ある方から小さなパンフレットをいただきました。
皆さんにご紹介します。

 教皇フランシスコの五本の指による祈り

① 親指は、いちばんあなたのそばにある指です。
このように、近くにいる人のために祈ることから始めなさい。
かんたんに思い起こせる人たち、愛する人たちのために祈ることは、「こころよい」義務です。

② 次の指はひとさし指です。
教える人、教育する人、医療に従事する人のために祈りなさい。
そこには、先生、教授、医者、司祭が含まれます。
この人たちは、他者に正しい道を示すための支えと知恵を必要としています。

あなたの祈りのなかで、いつもこの人たちを心にかけなさい。

③ 次の指はいちばん高い指です。
わたしたちのリーダーが思い起こされます。
首相、代議士、企業の経営者、指導者のために祈ること。
この人たちは国の未来を導き、世論を形づくります。
彼らは神に導かれることが必要です。

④ 四番目の指は、薬指です。
思いのほかいちばん弱い指です。
この指は、たくさんの問題をかかえたり、病気のためにうちひしがれているもっとも弱い人たちを思い起こさせてくれます。
この人たちは、昼も夜も、あなたの祈りを必要としています。
彼らのためにささげる祈りが多すぎることはけっしてありません。
指輪をはめるので、結婚のために祈ることも思い起こさせてくれます。

⑤ 最後の指は、いちばん小さな指です。
わたしたちは、神と人びとの前で、このように自分を見なければなりません。
小指は自分自身のために祈ることを思い起こさせてくれます。
先の四つのグループのために祈った後で、正しく自分の必要が見え、そのためにもっとよく祈ることができるでしょう。

2020年3月号

 先日、ある方から次のような言葉を教えていただきました。

親指 ———― 賛美
人差指 ——— 罪の告白
中指 ————— 恵み
薬指 ————— 他者のための祈り
小指 ————— 自分のための祈り

 誰かに教えていただいたのか、あるいはご自身でお考えになられたのか分かりませんが、手を合わせて祈るときの順番を示しています。
「中指 ―― 恵み」は、与えられた恵みへの感謝、また恵みを求めることなのでしょうか。
一番気になったのは「人差指 ―― 罪の告白」です。主への賛美の次に罪の告白があることです。
わたし自身のことを振り返って、自らの罪を自覚し、それを告白する祈りが少ないことに気づかされました。

人は誰でも過ちだと分かっていて言葉にし、行動することはありません。
自分が正しいと思うことを口にし、また正しいと思うことを行うのではないでしょうか。
ですから自らの過ちを認めること、他者から指摘されてそれを認めることが難しいのかもしれません。
つい自分の言動を正当化しようとします。

だからこそ、祈りのなかで自らを省みることが必要なのでしょう。
自分では正しいと思っていても、神様の目から見たらどうなのか、自己本位のものではなかったか、愛に基づいた言動だったかどうかと振り返った時に、自信をもってそうだと言い切れるでしょうか。
自らのうちにある闇の部分、弱さ、怒り、諦め、敵意など謙虚に自らを振り返ること、罪の自覚と告白はわたしにはもっと必要なことと思えてきました。

この言葉を教えてくださった方は、誰に対しても「ありがとう」と口癖のようにおっしゃり、「自分ことは最後でいい」とおっしゃる方でした。
そんな生き方をこのような祈りが支えていたのです。

今月二六日から大斎節が始まります。教えていただいたこのことを大切にしながら祈るときにしたいと考えています。

2020年2月号

「ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。」(イザヤ二章五節)

救い主のご降誕・新年を、主のお恵みのうちに迎えられたことと思います。
わたしは休暇をいただき年末年始を山梨で過ごさせていただきました。
例年に比べれば暖かいのでしょうが、標高一○○○メートルを超える八ヶ岳山麓の冬は、福岡の気候に慣れた私たちにはとても寒く感じられました。
しかし空気は澄み、周囲の山々は雄大で美しく、満天の星は見事です。
特に稜線から朝日が昇る直前の刻々と変化する山際の模様は感動的でした。
また陽が登り始めると、その光と熱が凍えた空気を暖めていくのを肌で感じます。

このような光景を見ていると、「闇の中を歩む民は、大いなる光を見 死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。」(イザヤ九章一節)また「起きよ、光を放て。あなたを照らす光は昇り 主の栄光はあなたの上に輝く。」(イザヤ六○章一節)というイザヤ書のみ言葉が思い起こされます。

二○二○年、マスコミではオリンピックイヤーとして輝かしい希望に満ちた年であるかのように伝えています。
しかし現実には多くの課題、社会の矛盾を抱えており、希望を持てないでいる人々、生きる困難を抱えている人々が多くいます。
一人ひとりのうちにもさまざまな恐れ、闇があることでしょう。
国外に目を向ければさらに多くの平和を脅かす状況はなくならないばかりか、より深刻化しています。
教会の歩みもまた多くの課題を抱えており、すぐに解決できないことも少なくありません。
だからこそ光を選び取り、光の子として歩む思いを確かにしたいものです。

冒頭に掲げたイザヤ書のみ言葉は、降臨節第一主日(A年)の旧約聖書の最後のみ言葉ですが、本年もキリストの光に照らされ導かれて、共に歩みたいと願っています。

2019年12月号

 直方キリスト教会は毎年教会訪問をして、訪問先の教会の皆さんと主日礼拝を共にしています。
今年の教会訪問の主日、直方キリスト教会にはKさんが残り、み言葉の礼拝を守ることになりました。
教会訪問が終わった後で、Kさんに「どなたか礼拝に来られましたか」とお尋ねすると、「誰も来なかったので一人で礼拝しました」とのこと、「では礼拝も早く終わりましたね」と尋ねると、「いや、それでも一時間はかかりました」との答えが返ってきました。

Kさんは、準備された勧話もなさり、お一人で聖歌も四曲とも用いたのだそうです。
「最初の聖歌三〇八番はわたしの知っている大好きな聖歌なので歌うことができました。それ以外の三曲は歌えなかったので、歌詞をゆっくりと唱えました」とのこと。
それで一時間かかったというのです。
出席者が誰もいなかったから短い時間で終わると考えていた自分が恥ずかしくなりました。
同時に教区主教として、このように礼拝を献げる信徒がいることが嬉しくまた誇らしく思いました。

 聖堂でただ一人、丁寧にゆっくりと祈りを唱え、聖書を朗読し、準備した勧話を語り、聖歌を一所懸命に歌いまた唱えるKさんの姿が思い浮かびます。
大勢の礼拝出席者がいて、素晴らしい奏楽に合わせて力強い賛美の声が響く礼拝も素晴らしいと思いますが、直方キリスト教会のこの礼拝もまた本当に尊く素晴らしい礼拝だと思うのです。
きっと神様はこの礼拝をも喜んでお受けくださったことでしょう。

 福岡聖パウロ教会の土曜日の夕の礼拝、司式者の牛島幹夫司祭は必ず「明日の日曜日、各教会で司式、説教や勧話の奉仕をする聖職と信徒の方々に聖霊の導きがあり、神様の福音を伝えることができますように」とお祈りしています。
わたしも、聖職だけでなく信徒の皆さんによって主日の礼拝が守られていることを覚えながら「アーメン」と唱えています。

 教会の暦は新しい一年を迎えますが、新しい年も丁寧に心を込めて感謝・賛美の礼拝を献げ、神様のご栄光を現してまいりましょう。

2019年11月号

 記念礼拝を行う予定だった九月二十三日、わたしは教区事務所でこのメールを初めて読みました。

 「主の平安。九州教区では、明後日九月二十三日(月・祝)に、教区設立一二五周年記念礼拝を福岡聖パウロ教会(主教座聖堂)で行うことになっていました。
その礼拝には教区内の諸教会から聖職・信徒、またフィリピンや釜山からも主教たちが参加することになっていました。

 しかし、台風十七号の接近により、昨日の時点で中止が決まり、明日の各教会での主日礼拝で、一二五周年の特祷を祈り、五十嵐正司主教の説教、また植松首座主教のメッセージが読まれることになりました。
長い時間をかけて準備され、多くの人々が集まる予定の教区礼拝でしたが、何よりも人々の安全を考慮した決断でした。
どうぞ明日の主日礼拝の中で、『今日、教区設立一二五周年を記念して礼拝をささげている九州教区のために』と代祷をおささげくだされば幸いです。主教ナタナエル」

 これは北海道教区の教役者宛てに送られた植松誠主教のメールです。
二十二日にわたしたちは各教会で教区設立一二五周年を覚えて祈り、五十嵐正司前主教の説教、植松誠首座主教のお祝いのメッセージが読まれましたが、同じ日に、わたしたちが知らないところで、北海道教区の皆さんがわたしたちのために代祷を献げていてくださったのです。

 記念礼拝中止の決定は安全のため仕方がないと理解しつつ、わたしは心が萎えそうな思いでした。
しかしこのことを知って、ただただ驚き、また心から嬉しく感謝でした。
その夜、このメールを読んだ連れ合いは涙声で「あなた、よかったわね」と一言。
わたしももう一度この思いがけない恵みに感謝でした。

2019年10月号

 カトリック新聞に「カトリックへの提言」という欄があり、他宗教間対話研究所長をされている曹洞宗の住職の記事が載っていました。
この方は仏教寺院の後継者という立場でありながら上智大学の哲学科で学ばれたとのこと。
大学生時代に何人かの友人がカトリックで洗礼を受けたが、その人たちに共通していたのは、教義に納得する以前に神父様方の人間性に感化されたように見受けられたことだそうです。
そして「宗教は人から人に伝わるもので、伝える人に魅力がないと伝わらないということかもしれない」として、多感な青春時代に神父様方と接して真の宗教者の条件として三つのことに気がついたとのことです。
一つは、明るいということ。
二つ目は、相手が浮かない顔をしているときに、「今日はどうかしましたか」と声を掛ける積極的な優しさがあるということ。
三つ目は、他人には寛容であっても、自分自身の信仰に関しては厳しい、というもの。

 「信仰の喜びが自ずとにじみ出てくるような日常の生き方。さらには困っている個々の人に向き合っていく努力。」
そうした日常の姿勢が求められているのではないかと指摘されています。

 「あなたはいつも眉間に皺を寄せて怖い顔をしている。」
「あなたはちっとも優しくない。」
「人には厳しいくせに、どうして自分にはそんなに甘いの。」
連れ合いからしばしばこう指摘されることを思い出し、何とも情けなくなるのですが、背筋を正される思いをしたことでした。

2019年9月号

 この夏は猛暑の日々が続いています。
天気予報では関東地方では最高気温予報が四十度と報道されています。
皆さんお元気にこの夏を過ごされたでしょうか。

 今年も八月六日には広島平和礼拝に出席し、九日には長崎原爆記念礼拝を献げました。
長崎では福音書朗読後、窓を開けて黙想しながら十一時二分を待ちます。
外の熱い空気が騒音と共に聖堂の中に入ってきます。
そして船の汽笛がその時を告げます。
七四年前のこの時刻に、大勢の人たちの命が一瞬にして奪われたことを想像すると、何とも言えない気持ちにさせられます。
広島でも長崎でも今もなお、心や体に癒されない傷を負っておられる方もたくさんおられます。
原爆だけでなく、先の戦争によってどれほど多くの命が犠牲となり、今も苦しみや痛みを負っておられることでしょう。
二度と戦争を繰り返してはならないと改めて思わされました。
また教会はキリストの福音に基づいて平和の課題に取り組んでいかなければならないことも意識させられました。
長崎原爆記念礼拝は「死の同心円から平和の同心円へ」をテーマとしていますが、一人ひとりが平和の同心円を広げていくことは、被爆地長崎をもつ九州教区にとっては大切な宣教の課題です。

 この夏、わたしにとって嬉しかったことの一つは、四つの教会で洗礼・堅信式や堅信式があったことです。
今回は特に十代の人たちが多くいたことに励まされました。
これから教会や教区の交わり、さらに他教区、海外の教会との交わりを通して、平和の器として成長していってほしいと思います。
また教区日曜学校合同キャンプが開催されたことも嬉しいことでした。
すでにこの欄でも記したことですが、青少年の育成は教区の重点課題の一つです。
それぞれの教会で、青少年のために何が必要かを皆さんで話し合ってくださるようお願いします。
平和を希求することと青少年の育成は深くつながっている宣教の課題です。

2019年8月号

 〝六二三、八六八九八一五、五三に繋げ我ら今生く〟
たった一度だけのご縁にも関わらず、聖公会神学院で説教学を教えておられる上林順一郎牧師から著書を贈っていただきました。
帯書きには「五十年にわたる牧会の旅の終着点に編まれた、説教・随筆・講演集」とあります。
この本の最後の文章で紹介されていたのが冒頭の歌で、二〇一一年の朝日歌壇賞に選ばれた歌の一つだそうです。

 六二三は六月二十三日で沖縄戦が終結したとされている日、八六は八月六日の広島原爆投下の日、後はもうお判りでしょう。
八九は長崎原爆投下の日、八一五は敗戦の日、五三は憲法記念日です。

 上林先生が、教会が平和を覚えて祈るのは、単に犠牲者の慰霊の日としてではなく、国家に協力し戦争に加担した歴史と責任をしっかりと顧み、平和を実現するための具体的な行動をなす日にすべき、と語っておられるのが印象的でした。
牧師としての最後のメッセージが平和の課題であることにも感動を覚えます。
平和の君イエスを救い主と信じる信仰の故でしょう。

 教区では今年も長崎原爆記念礼拝が行われます。
どうぞこの時に心をお寄せください。
それぞれの教会においても平和のため、また戦争の犠牲者を覚えて祈られることでしょう。
それは、わたしが今をどう生きるか、どう行動するかを自らに問い、またどなたかと思いを分かち合い、思いを新たにすることでもあるのです。
平和の器として整えられる夏を過ごしたいと願っています。

2019年7月号

 一二九三、六八三、一〇、八。これらの数字が何か分かりますか?
これらの数字は二〇一八年の九州教区の統計表の数字です。
一二九三は現在信徒数、六八三は現在堅信受領者数、一〇は洗礼を受けられた方の数、最後は堅信受領者数です(ちなみに日本聖公会全体では現在信徒数は二九八四七人、堅信受領者数は二〇〇名です)。

 九州教区は二〇の伝道所・礼拝堂、関連施設として五つの幼稚園・子ども園、そしてリデルライトホームがあります。

退職司祭を含めて一五人の聖職が働き、二名の聖職候補生がいます。
これがわたしたち九州教区という家族の一つの姿です。

 すでに今年の一月号のこの欄に記したことですが、今年は教区設立一二五周年です。
来る九月二十三日には主教座聖堂で記念礼拝を献げることになっており、間もなく詳しい案内も各教会に届くことになっています。

このことは多くの方がすでにご存知だと思いますが、主教巡杖のときにこのことをお話しすると、初めて知ったかのように手帳に書き込まれる方も少なくありません。
教区報にも毎月記念礼拝の案内が掲載されていますが、この日に一人でも多くの方々とご一緒に感謝・賛美の礼拝を献げることを願っています。
さまざまな事情で参加できない方もおられることでしょう。
その方々も賛美と祈りを合わせてくださるようお願いいたします。
熱い祈りと主への賛美は九州教区が受け継いできた賜物の一つです。
神の家族がひとつであることの恵みと喜びを共に分かち合いましょう。

 「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。」(詩編一三三・一)

2019年6月号

 四月に五十嵐主教様から「立教学院史研究」(第一六号)が送られてきました。
中島一仁氏の論文、「日本における聖公会初の受洗者・荘しょう村むら助すけえもん右衛門 ─その人物像とウィリアムズとの交友をめぐって─」が掲載されており、九州教区にとっても貴重な歴史資料になるでしょうと、立教学院史資料センターのご厚意でいただいたものです。
荘村助右衛門に関しては「日本聖公会九州教区史」にも記されていますが、改めて彼がどのような人物であるかを知ることができました。

 ウィリアムズとの出会いは、一八六三年八月とのことです。
ウィリアムズから聖書の話しも聞いたようですが、同時に肥後藩の砲術の専門家として軍事書の写しを求め、また当時の政治情勢についても情報を得ていたようです。
彼はずっと長崎に滞在していたわけではありませんが、一八六六年(慶応二年)二月ウィリアムズから洗礼を受けます。

 この論文では「荘村の受洗の前後を振り返ってみると、彼は藩のために西洋砲術の導入と政治情報の入手に文字通り駆けずり回っており、着実に手柄も挙げていたと言えよう。やはり受洗が現代人が考えるような宗教的理由からであったとは考えにくい。しかし一方で、ウィリアムズから何かを得るための『取り引き』として受洗したというようなこともないであろう。なぜなら、既に見たようにそうせずとも荘村はウィリアムズから重要な情報を現に得ていたし、軍事書も手に入れていたからである。」
としています。

 読み終わってウィリアムズ主教のことを思いました。
キリスト教禁令の高札が掲げられている時代、公けに伝道活動ができないまま来日して七年目に得られた初めての受洗者です。
生涯忘れることのない洗礼式となったことでしょう。
また受洗の前も、後もきっと彼のために祈り続けられたことでしょう。
一人の人が洗礼を受けることは本当に尊いことであり嬉しいことです。

2019年5月号

 聖公会神学院とウイリアムス神学館から、それぞれ入学礼拝の案内が各教会にも郵送されてきました。
今年それぞれの神学校に一人ずつ新入生が与えられました。
ウイリアムス神学館に入学するのは九州教区の聖職候補生、佐藤充さんです。
聖公会神学院で学ぶ九州教区のもう一人の聖職候補生島優子さんはこの四月から三年生になり、神学校での最後の一年を迎えました。

 礼拝・学び・生活を通して自らの聖職としての召命を確かなものとし、聖職として立てられるために備える神学校での日々は、貴重な体験や学び、出会いに恵まれた豊かな日々ですが、時には厳しく辛く感じるときもあり、召命感を揺すぶられるような葛藤に苦しむこともあります。
これからの一年間、二人の神学生のうえに神様の恵みが豊かにありますようお祈りください。
九州教区に複数の神学生が与えられたのは何年ぶりのことでしょう。
本当に主に感謝です。

 ご存知のように聖職の数は決して十分ではありません。
今月二日から四日にかけて召命黙想会が行われますが、二人に続く聖職に召される人が与えられますよう皆さんのお祈りを改めてお願いいたします。
また各教会には神学生後援会からの報告とお願いが届いていることでしょう。
神学生後援会の働きにもご協力ください。

 復活節第四主日(今年は五月十二日)は「神学校のために祈る主日」です。
聖職を養成するという尊い働きを続けておられる二つの神学校のためにも心を込めて祈りたいと思います。

2019年4月号

 大斎節も半分が過ぎました。
まもなく聖週を迎えようとしています。
今年、主日の福音書はルカによる福音書が読まれていますが、ルカによる福音書の受難物語には、他の福音書にはない表現が幾つかあります。

 その一つは十字架につけられたイエスが「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」と祈っていることです( ルカ二三章三四節)。
また一緒に十字架につけられた犯罪人の一人が、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言ったのに対して、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」(四三節)と言われます。

ルカはイエスの十字架の死は、人々の罪の赦しのためであると理解し、そのことを強調しているようです。
「赦す」と訳されている言葉は「アフェシス」という語で、「自由」「解放」という意味もあります。
人が真に自由に自分らしく在るためには、赦しが必要なのです。
赦されることと同時に赦すことも必要です。

 赦すことは決して簡単なことではありません。
「赦せない」との思いを捨てきれないこともあるでしょう。

時間が必要なこともあります。
さまざまな葛藤があるでしょう。
だからこそ、これから迎える聖週間、復活の最後の備えの時、イエスの十字架をしっかりと仰ぎ見、赦しについて思い巡らしたいものです。
主イエスはわたしたちの罪の赦しのために十字架上に死んでくださったのですから。

2019年3月号

 先月、釜山教区を訪問し、釜山教区主教座聖堂での聖餐式のなかで協働関係の調印式を行いました。
今回の訪問で二枚の古い写真のコピーをいただきました。
一つは一九一一年に撮影されたもので着物姿の日本人の子どもたちと塩崎信吉司祭が写っています。
もう一枚は朝鮮聖公会第三代主教マーク・トゥロロプ主教と塩崎信吉司祭と日本人会衆、そして韓国人のチョイ伝道師が写っているものです。
韓国併合後、釜山の教会は日本人会衆のための教会だったことが分かります。
調印式の翌日にお訪ねした大邱(テグ)教会も最初は日本人のための教会だったとのことでした。

釜山教区にはもう一つ尚州(サンズ)教会もそうだったと聞いています。
当時、日本から派遣された聖職たちは韓国にいる日本人への伝道や牧会を中心としており、韓国の人たちへの働きかけはほとんどなされていなかったのです。
そして日本の敗戦後、日本人が引き揚げてからそれらの教会は韓国人の教会となったのです。

 李相寅司祭が作ってくださった釜山教区の教会を紹介する冊子には、各教会の宣教開始(「設立」と記されていますが)年代が載っています。
それには釜山教区主教座聖堂は一九〇三年となっており、大邱教会も尚州教会も同様に日本人教会であった時の年号が記されています。
日本人のための教会であっても神の教会として宣教の歴史として受け留めておられるのです。
釜山教区の皆さんの信仰と歴史の痛みを感じます。
今年は三・一独立宣言から百年です。
日韓の歴史を踏まえつつ、両教区の交わりが深まることを願っています。

2019年2月号

 わたしが牧師をしている福岡ベテル教会では、地域の人びとが教会に来てくださることを祈りつつ、今回もクリスマス礼拝の案内を配布しました。
パソコン教室で習う信徒の方がチラシを作り、別の信徒の方々がご近所にポスティングします。
クリスマス・イブ礼拝当日、誰か来てくださるかとドキドキしながら待っていると一組の夫婦が来てくださいました。
礼拝が始まって間もなく、今度は小さなお子さん二人を連れた若いご夫妻も来てくださいました(お子さんがぐずり始めて途中でお帰りになりましたが)。
信徒数も少なく決まった顔ぶれで礼拝していますから、出席者のほぼ半数が初めての方々という状況に、信徒の皆さんも少し緊張気味でも嬉しそうでした。
翌日のクリスマス礼拝、今日はもうどなたも来られないだろうと思い、説教も信徒の皆さんの顔を思いながら準備していたのですが、礼拝直前にご近所の方がお一人来てくださったのです。
とても嬉しい反面、準備した説教を捨てて説教台に立つことになりました。
嬉しいハプニングです。

 教会に来てくださった方々がどんな印象を持って帰られたのか分かりません。
また継続して来られるかどうかも分かりません。

しかしわたしたちにとっては何よりのクリスマスプレゼントでした。

 「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。」(コリントの信徒への手紙一 三章六節)とパウロが語るように、収穫の主に信頼し、時がよくても悪くても、またその成果がすぐに現れることがないとしても、忠実に忍耐強く希望をもって委ねられた務めを果たす思いを新たにしたのです。

2019年1月号

 「主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。」(ネヘミヤ記八章十節)
昨年の一月号に、わたしは詩編一〇三編一節を冒頭に記しました。
一年間、折々にこのみ言葉を思い巡らし、励まされて過ごしてきましたが、今年は冒頭の聖句を大切にしながら過ごしたいと思っています。
この聖句、みなさん、どこかでお読みになっていませんか? そうです。
皆さんの教会にも掲示されている教区設立一二五周年記念礼拝のポスターの一番上にある聖句です。

 CMSの宣教師として来日、大阪、東京、山陰などで働かれたヘンリー・エビントン司祭は、一八九四年三月四日、ランベス大聖堂で主教に按手され、九州教区初代教区主教となります。
わたしたちはその主教按手日を教区設立記念日としています。
それから数えて今年は一二五年になります。
九月二三日には主教座聖堂で記念礼拝を行います。
この記念礼拝のために選ばれたのが冒頭の聖句です。

 地域的に広い教区であった。

 皆が一堂に会する機会が多くありません。
教区の研修会も遠方の方が参加するのが難しくなり、地域ごとに開催するようになってきました。
しかし、いや、だからこそ、今年はみんなで一緒に集まって、この教区に与えられた恵みを感謝して主を賛美し、喜びを分かち合い、一五〇年にむけて力強く新たに歩み出したいものです。
一人でも多くの皆さんと共に集うことを楽しみに、主への感謝、喜び祝うことから始まる一日一日を過ごしたいと願っています。

 主イエス・キリストのご降誕をお祝いし、新しい年も主の恵みがお一人おひとりに豊かにありますようお祈りいたします。

先日、私の大好きな長嶋茂雄の知られざるエピソードを紹介する番組を見ました。
引退試合当日、観衆がスタンドから降りてくることを恐れてしないことになっていたのですが、ダブルヘッダーの第一試合が終わった後、長嶋本人の希望で外野を一周したときのこと。
立ち止まり涙を拭く長嶋をみんなが見守り、誰一人グランドに降りてくる人がなかったという話。
地方のうなぎ屋さんで借りたバットを持って二階に上がって二時間、長嶋が帰った後で従業員が擦り切れた畳を見て驚いた話。
試合後に自宅に戻ってからいつも深夜二時までバットを振っていた話。
「一人の時間を大切にしない人は駄目ですね」という自身のコメントも、長嶋が決して天才ではなく努力家だったことを思わせるものでした。

 一番印象に残ったのは、その番組の中で日本放送のアナウンサーの方が語ったことです。
ある日長嶋が『「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」というのはよくない、「雨ヲ喜ビ、風ヲ楽シム」だよ。』と言ったとのこと。
長嶋はどんな時にも前向きにとらえていたとのことでした。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。
どんなことにも感謝しなさい。」(テサロニケの信徒への手紙一第五章一六節〜一八節)が思い浮かびます。

 教会の暦は新しい一年が始まります。
この一年折々に与えられた恵みと導きに感謝です。
嬉しいことだけでなく、苦しかった時や辛かった時にもきっと神の恵みがあったことでしょう。

その感謝の心をもって、新しい年も、すべてのことを相働かせて益としてくださる神に信頼して歩みたいものです。

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